高血圧の定義
高血圧の定義は収縮期血圧140mmHg、拡張期血圧90mmHg以上が持続すること、または既に降圧薬を内服している状態です。「正常血圧」は収縮期血圧 120mmHg未満、拡張期80mmHg未満ですので、高血圧診断に至らなくても血圧が高めの人は注意が必要です。
高血圧治療の意義
高血圧を治療する意義は,血管が固くなったり狭くなったり破れやすくなったりする(動脈硬化)のを防ぎ、最終的に心筋梗塞や脳卒中、腎不全といった心血管系の病気を予防することにあります。また、癌や認知症の発症にも動脈硬化が関与していることが指摘されています。血管を若く保つことは見た目を含めて体を若々しく保つことに繋がるため、高血圧の治療はアンチエイジング治療の一環とも言えます。高血圧あるいは血圧が高めであると指摘された方、その他の動脈硬化のリスク因子(喫煙、肥満、糖尿病、高脂血症など)がある方は、まず動脈硬化の進展具合を測定する検査(血圧脈波検査)を受けて頂くことをお勧めします。必要があれば、頸動脈を超音波(エコー)で観察することで視覚的に動脈硬化の程度を判断する検査も行います。
血圧脈波検査は数分で結果が出る、痛みのない検査です。
なお、血圧は年齢とともに上昇傾向となりますが、30歳代や40歳代などの若い方ほど高血圧による将来の動脈硬化や臓器障害の危険が高まるため、早めの受診をお勧めします。
高血圧治療の前に
高血圧の治療を開始するにあたっては、まず、血圧が上昇する特殊な原因がないかどうか調べるのが重要です。8~9割の高血圧は遺伝や生活習慣による、体質的な高血圧(本態性高血圧)ですが、それ以外の原因による高血圧を二次性高血圧といいます。二次性高血圧の原因としては腎臓などの臓器障害や血圧に関係する体内のホルモン異常などがあります。これらが原因であった場合には、それぞれの疾患に対する根本的な治療で血圧が改善する可能性があります。
高血圧治療の基本
高血圧治療は減塩、カリウム摂取などの食事療法、節酒、禁煙、減量、運動療法などがあり、個人の状態や嗜好によってそれぞれの重要性が変わります。これらの治療に加えて、降圧目標(後の合併症を少なくするために推奨される血圧)を達成するために血圧を下げる薬(降圧薬)の使用も検討いたします。なお、著明な高血圧など緊急の場合には早めに薬剤を開始する場合もあります。近年は、生活習慣改善のため医薬品としてのスマホアプリ(CureApp)も開発されています。当院でも、内服と同時あるいは先行してアプリを使用することで血圧が大きく改善する患者さんが増えてきました。
高血圧治療の目標
様々な大規模研究などから、現在の医学知識として最適と思われる治療法をまとめたものを「ガイドライン」と呼びます。本邦における最新の高血圧ガイドライン(高血圧治療ガイドライン2024)での降圧目標は以下の表のようになります。
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収縮期血圧目標 |
拡張期血圧目標 |
備考 |
| 若年~前期高齢者(75歳未満) |
<130 mmHg |
<80 mmHg |
忍容性があれば、厳格な目標が推奨される |
| 後期高齢者(75歳以上) |
<140 mmHg |
<90 mmHg |
忍容性があれば<130/80 mmHgを目指してもよい |
| 糖尿病を伴う患者 |
<130 mmHg |
<80 mmHg |
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| 慢性腎臓病(CKD)患者 |
<130 mmHg |
<80 mmHg |
糖尿病合併の有無にかかわらず同じ |
| 脳血管疾患(脳卒中・TIA)後 |
<140 mmHg |
<90 mmHg |
再発予防のために |
| 冠動脈疾患(心筋梗塞・狭心症)を有する患者 |
<130 mmHg |
<80 mmHg |
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| 蛋白尿あり(CKD) |
<130 mmHg |
<80 mmHg |
RAS阻害薬の使用が推奨される |
以上の血圧は診察室血圧であり、家で測定した血圧(家庭血圧)の目標はそれぞれ-5mmHgです。よって、家庭血圧は75歳を境として概ね以下のようになります。
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収縮期 |
拡張期 |
| 75歳未満 |
<125 mmHg |
<75 mmHg |
| 75歳以上 |
<135 mmHg |
<85 mmHg |
このガイドライン目標値を基準として、個々の状態や状況にあわせた目標を設定していきましょう。特に血圧が高い方は、急いで収縮期血圧160mmHg, 拡張期血圧100mmHg以下を目指します。その後はゆっくりと目標に向かって治療を継続します。なお、今後のガイドラインでは75歳以上の方も、75歳未満の方と同様の降圧目標となりそうです。
病院やクリニックなどでは緊張や移動(運動)の影響によって血圧は高くなりがちです。しっかりとした治療のためには、自宅での血圧測定が重要です。朝起きたら1時間以内に、血圧を測定する習慣をつけましょう。ポイントは、朝ごはん・内服の前、1-2分ゆっくり座ってリラックスした後で測定することです。2回測って平均を記録する方法もありますが、忙しければ1回でも構いません。日中頻繁に血圧測定をする必要はなく、寝る前にもう一度測定すれば十分です。
高血圧治療の各論
以下、血圧を下げるために出来ることを項目ごとに説明します。
禁煙
喫煙者であれば、何はともあれ禁煙をお勧めします。煙草を1本吸うと血圧は30-40mmHgも跳ね上がり、15分以上持続します。1日に何回も喫煙し血圧上昇を繰り返すと動脈硬化は進行し、動脈硬化によって血圧はさらに上がります。加熱式タバコも血管への悪影響は普通のタバコと同等と言われています。当院では禁煙外来を設けておりませんが、ご希望があれば専門外来を紹介いたします。禁煙が難しい場合は、他の手段を講じてよりしっかりと血圧を下げる必要があります。
減量(ダイエット)
適正体重の維持は血圧管理に重要です。肥満の人はそうでない方に比べて2-3倍高血圧になりやすいのですが、逆に言えば肥満の解消によって血圧が大きく改善する可能性もあります。適正体重はBMI(body mass index:体重[kg]÷身長[m]÷身長[m]で計算)で18.5-25とされており、肥満の方はBMI 25以下を目標とします。世の中には様々なダイエット法がありますが、やはり基本は食事と運動です。甘い飲み物を控え、野菜や植物性蛋白を中心におかずを増やしながら主食の炭水化物を半分に減らしましょう。積極的な飲水(1日1.5L)や節酒(後述)、早めの夕食によるプチ絶食(朝ごはんまで12時間空ける)も効果的です。運動は、カロリー消費によるダイエットというより筋力維持や代謝そのものの改善に有効です。強めの運動を30分頑張ってもおにぎり1個、ビール1杯で相殺されてしまいますので、運動後に気持ちよく飲み食いするのは逆効果となってしまいます。まずは1日、簡単な筋トレやややきつい有酸素運動を1日合計30分行うのを目標にして下さい。例えば通勤を早歩きで往復20分、スクワットなど下半身の大きな筋肉を動かすトレーニングを10分すれば30分となります。元の体重にもよりますが、1ヶ月で2kg減量出来れば十分です。極端なダイエットはリバウンドの危険が高まります。当院では保険外診療による医療ダイエットも行っておりますので、ご興味のある方はお尋ね下さい。
カリウム摂取
高血圧の食事療法といえば減塩が有名ですが、近年はカリウム摂取の強化が重視されるようになってきているため、先に記載することにしました。カリウムをしっかり摂取することで体から塩分(ナトリウム)が排出されやすくなり、血圧低下や心血管イベントの抑制に効果があることが報告されています。家庭で使用する塩を「やさしお」に変えると、塩(ナトリウム)の半分がカリウムになります。あるいは、精製塩を天然塩に変えると、カリウム摂取量が減らせます。ただし、やさしおや天然塩でも取り過ぎは塩分過多となりますので気をつけて下さい。また、これらの使用では従来より味が薄く感じる場合もありますので結局使い過ぎてしまわないようにしましょう。
カリウムは基本的に細胞の主要な成分のひとつですので、フレッシュなものに多く含まれておりその代表が果物、野菜、豆、種実、いも類です。また、海藻や魚介、肉、お茶やコーヒー等にも多く含まれています。具体的なカリウム含有量は書籍やネットに掲載されていますので、是非一度調べてみてください。腎機能が低下している方ではカリウム過剰が危険な場合がありますが、それ以外の方であれば特に上限はありません。ただ、果物の摂り過ぎは糖質過多となったり、果糖の影響で逆に血圧が上がったりするので注意が必要です。
減塩
日本人の平均的な塩分摂取量は数十年前よりかなり減っているのですが、まだまだ極端な量の塩を摂っている方もお見受けします。そういった方は外食が多い傾向にありますが、減塩のためには麺類や丼物よりも定食系を選び、麺類を選んだ場合もスープは残すようにしましょう。味噌汁や漬物は通常の量であれば大きな問題はないと思います。前述のように塩の種類を工夫したり、うま味、酸味、辛味などの味のバリエーションをつけたりすることで塩味をより鋭敏に感じられるようになり、塩分量を減らせます。また、煮物など内部までしっかりと味をつけた「中塩」料理より、外側だけに塩やしょうゆをつけた焼き魚や刺身等の「外塩」料理のほうが塩は少なくなります。刺身などで醤油を使う場合には、上からドバっとかけるより小皿に醤油を入れ、少しずつつけて食べるほうが摂り過ぎを防げます。スプレータイプの醤油かけも有効と思います。
元々1日15g以上塩分を摂っているような方には減塩は必須と考えられますが、そこまで塩分摂取の多くない方の中には減塩しても血圧が変わらない人も見られます(食塩感受性が低いと表現されたりします)。そういった方々では減塩の努力に見合った効果が出ない場合があり、前述のように積極的にカリウムを摂るほうを意識したほうがよさそうです。塩分制限を頑張りすぎると日々の食事が楽しくなくなりますし、食事量が減り過ぎるとタンパク質不足で筋肉が落ちたりします。必要に応じて薬剤なども取り入れ、無理のない範囲で食事療法に取り組んで頂きたいと思います。
運動
「減量(ダイエット)」の項で説明した運動は、減量を目的とした運動ですが、高血圧そのものも運動によって改善が見られます。減量と同様に「1日30分以上」が基本ですが、出来れば毎日、ややきつい有酸素運動が効果的です。毎日運動する時間のない方は「週に3回、トータル180分以上」でもよいとされています。運動によって全身の血流が良好となり、血管の筋肉を弛緩させる物質が増えることで血管が拡張して柔らかくなります。運動はHDLコレステロール(善玉コレステロール)の増加にもつながり、血管拡張とあわせて動脈硬化の予防にも効果を発揮します。
節酒
アルコールは摂取直後には血圧を下げますが、飲み続ければ動脈硬化の進展や交感神経の刺激、ホルモンへの影響によって血圧が上昇していきます。またアルコールそのものに1gにつき7kcalという糖質よりも高いカロリーが含まれており、飲み過ぎは肥満に繋がります。さらに肝臓によるアルコールの分解過程で中性脂肪が作られて内臓脂肪や脂肪肝として蓄積し、それらも動脈硬化を進めて血圧を上昇させます。少量のお酒は健康に良いとか、酒は百薬の長と言われることもありますが、現在の医学の知見ではお酒は飲まないのがベストであるようです。
とはいえ、お酒は文化でもあり人生の楽しみでもあるため、全員が禁酒を目指す必要はないと思います。血圧や肝臓にとって許容されるお酒の量(適量)は、エタノールにして男性は1回20g (25mL)、女性はその半分程度です。エタノール20gは、ビール中瓶1本、日本酒1合、焼酎半合、ワイン2杯、ウイスキーならダブル1杯程度なります。さらに、週に2日以上は休肝日を設けて、1週間のエタノール量は男性で100g程度に抑えたいところです。1回に飲み過ぎた場合には、休肝日を増やして1週間の中でバランスを取りましょう。お酒の種類による血圧の影響に違いはなく、エタノールの量が最重要です。ただし缶チューハイやカクテルなどは果糖や砂糖が多く体への負担が増すため、避けたほうが無難です。
良質な睡眠
睡眠不足は高血圧発症を2倍にすると言われています。人によって適切な睡眠時間は異なりますが、概ね6時間未満の睡眠や、日ごろ眠気や疲れがとれない状態は睡眠不足と考えられます。日中損傷した血管は睡眠中に修復されているとされ、睡眠不足では血管ダメージの蓄積や自律神経(交感神経)の乱れによって血圧が上昇するようです。また、イビキが大きいと指摘されている方、特に呼吸が止まっていると言われる方は睡眠時無呼吸症候群の可能性があり注意が必要です。睡眠時無呼吸症候群は日中の眠気、不注意が問題となりますが、高血圧発症や心血管病の発症リスクを何倍にも高めます。CPAPによる治療によって降圧薬が不要となった方もおられますので、睡眠時無呼吸症候群が疑われる方は一度簡易モニター検査を受けて頂くことをお勧めします。(詳しくは睡眠時無呼吸症候群のページを参照して下さい。)
アプリ治療
CureAppというスマホ用アプリが、高血圧治療の「医薬品」として認められており、保険診療として「処方」することが出来ます。アプリによってこれまで紹介してきたような血圧測定の習慣化や食事や運動についての知識習得や意識づけなどが促され、実際に血圧が低下して内服を中止した患者さんもおられます。アプリは降圧薬内服を避けるために始める場合もありますし、降圧薬を服用中の方でも薬を増やすかわりに導入する場合もあります。アプリは最長6ヶ月までの使用(処方)となり、以降は血圧記録アプリとして使用を継続できます。性格によって向き不向きのある治療ではありますが、ご興味のある方には是非体験頂きたいと思います。
内服治療
上記のような治療と並行して、血圧を適切にコントロールして動脈硬化や心血管病リスクを下げるために降圧薬の使用も検討します。降圧薬は「一度始めたらやめられない」と思っておられる方も多いですが、食事や運動等によって血圧を下げることが出来れば降圧薬も減量・中止することもあります。ただし、無理な食事や運動などで体に負担をかけすぎるよりも、副作用が少ない内服薬を併用する方が心身ともに穏やかに過ごせる場合もあります。個人の状況や考え方によって治療の選択肢は多彩ですので、治療に迷われている方も是非ご相談下さい。
降圧薬にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる作用の仕組みを持っています。患者さんの合併症、体質、年齢などを考慮して、最適な薬を選んでいきます。主な降圧薬の種類は以下の通りです。
- ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)/ACE阻害薬
体内の血圧を上げるホルモンの働きを抑え、血管を広げて血圧を下げます。また心臓や腎臓を保護する効果があります。糖尿病や腎臓病のある人に特に適しています。
- Ca拮抗薬(カルシウム拮抗薬)
血管の筋肉の収縮をゆるめ、血管を広げることで血圧を下げます。日本ではよく使われる薬の一つです。
- 利尿薬
体内の余分な水分と塩分を排出し、血圧を下げます。高齢者や心不全のある人にも効果的です。古典的な種類の降圧薬ですが、近年は改良された薬が次々と登場しています。
- β遮断薬
心拍数を抑え、心臓の負担を減らすことで血圧を下げます。心疾患のある方に使われます。
降圧薬の効果は、毎日きちんと服用することで現れます。自己判断で薬をやめてしまうと、血圧が再び上がって脳卒中などのリスクが高まります。薬の減量や中止に関しては必ず医師に相談しましょう。
薬によっては副作用が出ることもあります。たとえば、足のむくみ、頻尿、咳、ふらつきなどが見られる場合があります。気になる症状があればすぐに相談してください。
1種類の薬だけでは血圧が十分にコントロール出来ない場合には、複数の薬を組み合わせることで、より効果的に血圧を下げることができます。近頃では2~3種類の降圧薬を1錠にまとめた配合剤もあり、飲み忘れを防ぐ工夫がなされています。
高血圧の治療は長期にわたることが多く単調となったり面倒になったりしがちです。
最終的なゴールは深刻な合併症を予防して健康寿命を延長することですが、まずは血圧の値そのものの改善に加えて体重や血管脈波検査の結果改善といった短期的な目標を設定しましょう。不完全であっても切れ目のない治療がよい結果へ繋がります。実現可能で息切れしない治療方法を一緒に考えていきましょう。